昭和57年02月18日 月次祭
祝いめでたの若松さまよ、枝も栄える葉も茂るというではないか。生神金光大神は子孫繁盛、家繁盛の道を教えるのじゃと御座います。私共が金光大神が天地金の神様より、お受けになられた御教えを頂いて、それを血に肉にして行くという、生き方がなされる限り、これは絶対のおかげになると、私は信じますけれども。それを金光大神のいわば、お言葉を本当に実証しよるという信者は、非常に少ないです。ほらもう奇跡的なおかげを頂いて助かった、道が開けたというだけのおかげに留まってはですね。
折角のいわゆる家繁盛、子孫繁盛の道にもつながらない事になりますので、いわゆる日常茶飯事のなかに、金光大神の信心が生き生きと脈打っておる。そういう生き方というのは、大変に難しい事だろうかと。そうじゃないんです。本当はその道を行じなければ、かえって世渡りがし難いというのが、私は御教えだと思うですけれども、それが中途半端の所にある所に、何か教えが難しいものになってくる訳です。
それが本当に血に肉になる所まで、おかげを頂きたい。せめて一つ腹を立てんですむ様な、生き方が出来たら有難いですね。今晩さきほど私そこへ丁度一時間余り、ご祈念前に七時半に着くんですけれども、続いてそういうお届けがあったんです。初めの方はもう先生ここ三日ばっかり、毎日腹の立つこつばっかりありますというお届けであった。そしたらす、その方の後にこりゃそこに参っておられる浜田さん、その方も今参っておられますけれども。その浜田さんという方は親先生おかげで。
この頃もういっこう腹が立たんようになりました。そうりゃおかげ頂きよるなぁと言うた事でしたけれども。もう本当に一生腹立てんですむ様な、手立てというかそういう道を一つ勉強したいですね。どうでしょうかね。本当に腹が立たんどころではなくて、その一言一言に、お礼が言えるような心の状態。金光大神の教えというのはそうだと思うんです。行じて行っておると、そう言う事になるんです。そこで思うんですけれども。まぁ不安に思うたり腹が立ったり色々致しますが。
そういうものが何処から出てくるのか。どう言う様なあり方にならせて頂いたら、いうならば腹を立てんですむ。そりゃ今のここ三日ばっかり、続けて腹の立つ事ばっかりあるという方なんかも、もう何十年の信心を頂いておる方ですから。合楽の信心も合楽理念も一通りは、心得ておる方なんです。そして本当に合楽の信心は、心ひとつで全てを創ると言われるが、確かにそうだという体験も持っておる方なんです。
ですから心ひとつですべてを作るのですから、また心ひとつですべてを壊す事にもなるのですから。その心ひとつを愈々大事にして行かなければならない。その心を大切にしていく手立てというのが、まぁいわば、合楽理念にそれこそ、縦横無尽に説いてある訳でありますけれども。どう言う様な所からいうなら、おかげが受けられない。目出度目出度のと言う様な、おかげの道とは違った道に入って行くのか。一つ思うてみたいと思います。今日研修の時にまぁ色々な先生方と、一緒に研修させて貰いながら。
丁度末永喜久雄先生が番の所に来ましたから、末永先生この頃あんた私のここ数ヶ月間、散髪を受け持ってくれる。髭剃りを受け賜っておる。ですが今朝からも丁度ここが、八時半に終わりますから終わってから、髭を剃って貰いました。どうかね親先生の散髪、髭剃りは、もう自分が受け持つ事になったんだが、少しは手応えがありよるかねと、私が申しました。皆さんこの手応えがないから、いらいらしたり腹が立ったり、不安焦燥にかられるのですよ。ね。手応えこうやってお参りをさせて貰う。
はぁお参りさせて頂いて良かった時にはまぁ手応えがあった時です。何にも残らなかったら手応えはなかった時です。ね。私は今日研修の時に、今日は私の二番目の息子、光昭。昨日はここの連合会の青年会の集会が、ここで御座いました。その講師に頼みを受けておったそうですから、昨日は青年会の方達にしばらく、お話をさせて頂いたと言う事でございました。それで私今日どうかね、夕べのお話さて頂いて、みんなおかげ頂いたおかげ頂いたてみんな言うけれども。
あんた自身はお話をさせて頂いて、何か手応えがあったかねて、私が。・・・不思議ですね手応えがあるんです。ない時があるんです。それこそあの歌舞伎芝居の、忠臣蔵にありますよね。あの獅子うち勘平。勘平さんが獅子を打つ。ね。それこそ確かに手応えあったりと言うところがありますでしょう。遠く離れておるのだから実際は、私はあれはやっぱ一つの不思議ですね。当たった時には手応えがこちらへ響いてくるんです。弓でも鉄砲でもやっぱ同じだそうですね。
遠方の物を打ったんだから当たったか、当たって無いか分からん筈だけれども、矢張り当たった時には、手応えがあると言う事ですが。信心も矢張り日々がね、合楽理念の実験実証させて頂くと言う事は、日々信心を頂いておると言う事の、手応えを感じると言う事だと思うんです。例えば文雄先生なんかもう長年。私のここへ夜集まった時に、まぁ月の内五、六回でしょうか。もっと多いかなえぇその必ず足を揉んでくれます。もう十一時十二時頃やってくるんですから。
私は眠っておるような時もあります。けれどもやっぱり一時間なり一時間半なり、時間をかけてやっぱ揉んで。私も暗くしてるなかに、黙って足を差し出しとるだけ。文雄先生も黙って揉んで帰るだけ。それでもね私も感ずるなら、文雄先生自身も確か手ごたえを感じよるのじゃないでしょうか。でなかったら続けられるもんじゃないです。久富のおっちゃま達の場合でも、やっぱそうだと思うです。
何十年間という私の、・・・まぁとにかく朝参りをしてきて、昼ごろまでお百姓さんの忙しい方が、御用を頂いて帰られるんですからね。私は手ごたえが感じられなかったらね。とても続けられるもんじゃないと思う。ね。それこそ以心伝心である。その良いこと悪いことにいわばです。例えばそこに手応えを感じるようになったら、私は段々腹が立たんようになる。いや腹が立たんじゃない。おかげの受けられない様な心の状態というものは、段々すっきりとおかげを頂いて行くんだと。神様を身近に感じる。
私が七時半に月次祭の時には、必ずここへ着くんです。一番に必ずお取次を頂かれるのは、臼杵の高橋さん達ご夫婦です。大分の臼杵から月次祭たんべんに、必ずお参りがあります。もう何時もいうならば、親先生が据わられた。すぐお取次が頂かれる。もうこれだけでも、何かこう手応えを感じておられるのじゃないでしょうかね。だからそこに一分間でも、ずれてはならないのです。誰が先に入って行くやら分からん。何時も自分達が、一番にお取次を願うことが出来る。
今日もそうでした。何時もあのタオルの大きなのがお供えがありますのが、何時も高橋さんのところからなんですけれど。今日親先生このパンは大変に、まぁ有名な美味しいパンでございます。今日のからこういうパンに変わりましたというお届けがあったんです。いやぁそうですか。私はね明日の朝から、もうそれこそ世界一と、まぁ言われておるんだそうですが。これも日本にも東京の大丸だけにしかないという、リンゴ香のすると言う、紅茶があるんだそうです。
それを先日の月次祭に頂いて、お下がりを頂いておりましたから、今朝からです。明日の朝からあの紅茶を頂こうと言っておる所でしたから、その世界一の紅茶でいうならその美味しいパンを頂けると。まぁ神様のお働きて間違いないなぁて言うたら、高橋さんご夫婦も私は恐らく何とお母さんと、顔を見合わせて手応えを感じられたのではなかろうか。ね。私はね先程先生が言っております。
もう十五年の記念祭で、様々な御用がございます。その御用に奉仕をするというても、ただ日頃お世話になっとるけん、お手伝いいかじゃこてじゃなくてね。本当に御用として頂いて御用させて頂くことの楽しさとか、喜ばしさという、手応えのあるような、私は御用でなからなければ、馬鹿らしいと思う。信心の血にも肉にもなって行くものでなからなければ。今日は久留米の、佐田さんがあぁして熱心に、ご信心が出来ますが、昨日奥さん、日田の方から、久留米の方へ見えてるんですね。
日田の小口から見えてる。あちらお里が酒屋さんです。それがこの息子がお道の教師にお取り立て頂いておりますから、圭介先生ででも良いから、いっぺん自分所のあちらの地方に、お話に来てくれないかというお話が、再三あっておった。それで昨日初めて圭介先生と、誰か先生方が一人二人一緒に行って、それから佐田さん達ご夫婦が、あちらへお出でられている。それでせっかく先生方来て頂くんだから。
近所隣もう私が一言言やみんな集まって来る人達ばっかりなんだから、みんな集まれよと言う事であった。いや所が初めてじゃからまぁとにかく、内うちだけでも良いじゃないですかと言うて、まぁ家うちの方ばっかりが集まって、お話をさせて頂いたと言う事ですが。そこのご主人が言われるのに、ここの町内私ぐらいもう五十ぐらいでしょうか。年配のお商売なさっておられる方達ばっかりがみんなご商売も出来ておるし、まぁいうならばお商売上手ですけれども。
これはお商売上手だけではいけないぞと、この頃みんなが気付いておりますち言う。これはどうでもその商売上手のもう一つ向こうに心がある。これはね日田の小口の人達の組合だけではない。心ある人はみんなそれを感じておるのじゃないでしょうか。ね。それこそまぁ様々な科学の粋を極めて、様々な事が実際に出来るようになり、それこそ月の世界にまでも行けれる様になったんだけれども。だからというてほんなら人間の幸せの鍵というものはないのです。その約束はないのです。
だからどんなに人間の世界が発達いたしましても、ここに残されておるものは、心だと。これはまぁいうならば一流の学者であればあるほどに、それに気がついておると言われております。現今です。日田のその方達もその方が言うのに、合楽教会からお話に来て頂くというならばそう言う事を、みんな求めておる人達ばかりなんだから、もうみんなで集まりますよという訳です。ね。皆さんどうでしょうか。もう確かにこれから先は心が、人間の幸せのいうならば条件というかは、まず心が助からなければ。
助かるその手立てがないのであり、分からないのだと。それでいろんな宗教にも求めてみるけれども、極め手がないというのが、現在の状態じゃないだろうか。それを例えばほんなら、合楽教会合楽理念を持って致しますと、その気になれば誰でもがです。自分の心ひとつを大切にし自分の心ひとつを、それこそ有難い方へ有難い方へと、頂いていけれる手立てを教えて頂くのです。
昨日そういうとっても神ながらな、神様の一分一厘間違いのないお働きのなかに、そういう会合があってまぁ帰らせて頂く道中のお届けが、今朝ございましたが。日田の駅まで参りましたら品の良い年配のご婦人が、一人待っておられる。向こうからどちらまでお出でられますかと言われるから、久留米ですというて私も久留米の方ですから、一緒にと、まぁ、席を同じくしたという訳なんです。
そしてまぁ色々お話をしておるうちにですね。その方は田主丸のむつやの田代さんとか、石井さんのいとこに当たる方だったと言う事。まぁご縁ちゃ不思議なこっですね。実は今のあそこの社長の結婚の仲人は、私ども夫婦でございましたよと言った様な事から、話がもう久留米に着くまで、続いたというのです。そして実は私はもう本当に、合楽には今の合楽の金光様にはね、椛目時代にね一回お参りした事があるんです。
何人めかの子供が愈々産婦人科の先生が、この子はもう親の命を助けると思うて、子供を犠牲にしなければならんと言う所に、丁度田主丸のあのむつ屋の田代さん。いわゆるいとこさんなんですがそげな大事な事を、まぁちょいと待ちなさい。とにかく椛目にいっぺんお参りして、お伺いしてからの事にしなさいと言うて、その田代に連れられて、当時の椛目に、・・・だから私はあちらの親先生という事は知っていますち言われる。そしたら、親先生がもういっぺんにははぁ、そんな必要はないですよ。
安産のおかげを頂きますようにお願いすると言われてたから、もうその場で病院の方をお断りしておかげで、安産のおかげを頂いた。それがまた不思議な事に何人も息子がありますがどれもこれも、言う事を聞きませんけれども。もうこの子がこの子が一番親孝行もんです。そういうおかげになってきた訳なんです。そしてあの佐田さんあなたは、そうして、仲人やらもなさるならば、家にその言う事を聞かん息子どもがおりますけん。それどんに、嫁後なっとん持たしたなら良かろうち思うけん。
いっちょ合楽辺に良か何は無かろうかといっちょ世話ばして下さいと。一遍お宅ばお尋ねしますけんもう一遍、合楽に連れて参って下さいと言うところまで、話が進んだというのです。いやぁほんにそんなこともあったごとも思うです。何十年前の話なんです。本当に、その事が抹殺されるというか、この世にはもう無いものであったのが、今息子のなかで、一番親孝行してくれるという息子。そして佐田さんとの出会い、そこからまた合楽にご縁を頂こうと。
もうこの頃むつ屋の前を通る時に、立派に店になっとるが、あそこものうやあげん信心しよりましたばってん、兄弟とも早死にしてという話が出た。そうですよ本当に早死にでした。あん時は本当にみんながそれこそ、後に残った者も目の前が真っ黒になるような事ばかり続きましたけれども。やっぱり親の信心のお徳というのでしょうね。今の新しい社長たち夫婦で、あぁして段々繁盛の一途を辿っておる。そうでしょう私も今度あそこに参った時には、ぜひ寄りたいと言う様な事だったと言う事でございます。
私はこの頃繰り返しお話をしておる事ですけれども。先だって久富繁雄さんの七十一歳の誕生のお礼のお届けがございました。そん時丁度秋永先生が、お届けに見えまして呉服の展示会のご案内を持って見えました。それがこの梅の絵の描いてある色紙が入っておりました。案内のなかにそのあとに久富さん、お礼に出て見えたんです。だから私それを、・・・、しかしやっぱ教えと思うですね。
もうその日が経てば経つほど、この歌の意味の深さに実は驚いておりますので、また今日も聞いて頂く事になったんですけれども。それに私がね「松の緑に、梅にも春の竹に雀の踊り続けん」という。私はまぁ歌にもなって無いでしょうけれども、いわゆるこれは長唄とか端唄なんかの、歌の名を続けていわゆる書いた訳ですよ。ね。松の緑梅にも春竹に雀と言った様な唄の題目。そして後から考えてみたら、これは松竹梅になっておるのに驚きました。ね。松の緑でしょう梅にも春。
竹に雀でしょうははぁ松竹梅。今日皆さんに聞いて頂くようにね。金光大神はそれこそ、目出度めでたの若松様よ、枝も栄える葉も茂ると言うではないかと。金光大神は家繁盛子孫繁盛の道を教えるのじゃと言われるのですから。それこそ松竹梅の様なおかげを頂くためには、私がおかげを頂くじゃなくて、教会とともに栄えるという信心。松の緑というのはここの合楽の信心を松と言われますから、それこそ霜が降ろうが雪が降ろうが、それこそ色さえ変えませんからね、あの松というのは。
いうならば愈々合楽教会は、繁盛一途を辿っております。それにほんなら三十年間この方、ほんならばお百姓なさっておられる久富さんが、毎朝朝参りをされる。そして昼ごろまでは、御用頂いてあんた、何時百姓が出来よるじゃろうかと言うごたる。所がお百姓は段々段々田んぼは増えて行くし、お百姓さんのお家には、珍しいような立派なおうちが出来たりお庭が出来たり家庭円満、それこそ嫁に行っておる、いうなら娘やら息子達までが、今日恐らくみんな参ってきておると思いますけれども。
家族あげての信心にもなっている。なるほど三十年の間には、それこそここの御用を頂いて、帰りに事故に合われたりいろんな、様々な問題も色々ありましたけれども。それこそ信心辛抱しぬかれて梅の花である。ね。信心辛抱の事を梅の花で頂きますけれども。その梅の木にもです。春が訪れたというのが今日の久富一家の上に感じられるおかげじゃないでしょうか。梅にも春が訪れた。それでいてです、ね。
私どもの家内がこの頃おっちゃまは、えらい若返りなさったごたると、あの誕生からこっち。確かに体が軽うなりなさった感じがするんです。もう本当に御用も誰かに譲らにゃじゃなくてからそれこそ竹に雀と言う、雀と言うのは勿論品良く止まるだけではありません。雀百まで踊りを忘れずという内容がある事を、この頃感じます。それこそ手足の動く限り、親先生の御用だけはさせて頂こうという、一途のものなんです。そういう辛抱一途なもの、そして久富一家が繁盛すると言う事は。
合楽教会と共に繁盛して行くと言った様なおかげこそが、私は目出度目出度の若松様よと言う事になるのじゃないでしょうか。いうならば教会と共、発展して行くような信心。それには愈々合楽理念に基づく生き方。まぁそれを今日いうならば、せめてね腹だけは立たんごとなったというくらいな信心は身につけたい。ほんなら腹立てまいと思うけれども、それこそ今日句じゃないけれども、ここ三日間ばっかり続いてから、腹ん立つこつばっかり、と言う訳なんです。
そう言う事をその実相というものを、本当にそれに触れたら、本当はお礼を申し上げねばならない様な事に、いらいらしたり腹が立っておると言った様な事なのですから。そのためには良しにつけ悪しにつけです。それこそあの佐田さん一家じゃないですけれども、日々が、もう神様の一分一厘間違いのない働きのなかにある事の、手応えを感じながらの信心生活が出来るところまで、お互いの信心を高めて行きたいと思います。もうとにかく、合楽にね一週間通うてきたら人相が変わる。
心の状態が変わる訳です。それをですほんならまた、その喜びばっかりと言う事はないですけれども。久富さんじゃないですけれども三十年間の間、ね。それこそ霜にもめげず、雪にも倒れることなくね、それを続け抜かれた所に、梅にも春のと言った様なおかげにもなって来ておるのです。私はそういういうならば、何をするにもです。そこに手応えを感ずる様な信心を頂きたいです。ね。
それはお参りにもです、ね。手応えのあるお参り。お供えにもですはぁ神様が受けて下さってと思うような手応えをです。こうしてお参りさせて頂いて、はぁ今日もお参りして良かったと、いうならば心のなかに感じられたら、手応えのあるお参りが出来たという事になるのじゃないでしょうか。ためにはまず構えです。そこからね神様の方が合わせて下さろうとする。さっきの高橋さんじゃないけれども。
今日はとびきりのいうならパンのお供えをさせて頂いたら、親先生が明日はこのパンでそれこそ、世界一と言われる様な紅茶を頂かれるという。まぁ神様の働きとは間違いないなぁと私も感ずる、高橋さんも恐らく感じられたであろう。その感じるその事が手応えだと、私は思うです。皆さん一つ手応えのある日々でありたい、また信心でありたいと思います。
どうぞ。